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  • 宮崎といえばおぐらのチキン南蛮

    みなさん、こんばんは。

    どこにも需要がないのにひたすらに、そしてひたむきに宮崎を紹介していく。第三回目の今回はおぐらのチキン南蛮を紹介する。チキン南蛮は宮崎を代表する郷土料理で、今や全国区の料理であり、誰しも一度は口にしたことがあるだろう。私がチキン南蛮と初めて出会ったのは記憶がし正しければ今から約20年程前。セブンイレブンでおかずとして売っていたチキン南蛮だ。兵庫県の地方都市で生まれ育った僕は家でチキン南蛮など出てきたことはなかった。

    当時セブンイレブンで買って食べていたチキン南蛮はゴツゴツとした卵のタルタルが非常においしくて、当時のバイトの休憩時間によく食べていた。弁当容器の底上げ前ということもあり、なかなかボリュームもあって価格も今より遥かにリーズナブルで、おかずのみで380円程度だったと記憶している。いま思い返すとデフレ真っ只中で庶民の財布事情的には非常に良い時代だった。

    さて、今回満を持して紹介するチキン南蛮はおぐらのチキン南蛮だ。僕が訪れたのはおぐら瀬頭店で、とある日曜日のオープン時間の11時の10分程前にお店に到着したが、すでに多くの人が店前に列をなしていた。店内にあるボードに名前を書き、オープン時間まで待つこと10分。順番に名前が呼ばれていく。僕たちのグループが入店したころには広い店内は既に満席で、中に入り切らない人々が外で待機していた。

    メニューはチキン南蛮だけでなく、もうひとつの名物であるチャンポン、洋食の定番であるチキンカツやエビフライもラインナップされていた。どのメニューも魅力的だったが、多くの誘惑に打ち勝ち、定番のチキン南蛮をチョイスすることに成功した。今回は初回ということで定番のチキン南蛮にすることができたが、次回訪問した時には、優柔不断な僕はメニューをいつまでも決められる気がしない。

    これは完全に余談になるが、僕の趣味はアマゾンプライムで映画やアニメ、バラエティー番組を見ることではなく、ファイアスティックTVのリモコンをカチカチ鳴らしながら、アマゾンプライムの番組を永遠に渡り歩くことである。最近ではアマゾンプライムを開く機会自体が減少してしまい、この謎のカチカチ衝動は発動されていないが、コロナ禍で自宅に引き籠っている時はやることがなく、よく家でカチカチして奥さんにうるさいと注意されていた。共感できる方いませんか?

    さて、話をおぐらに戻そう。おぐらは今年(2025年)で創業69年目の老舗で、チキン南蛮発祥のお店。

    その発祥のお店のチキン南蛮はどれほどのものかと期待しながら待っていると、料理が到着する。ライスのお皿と大きなチキンが隠れるほどたっぷりのタルタルがかかったチキン南蛮に千切りキャベツと洋食屋さんで定番の副菜であるナポリタンの組み合わせ。前菜においしいスープも付いていたように記憶している。

    スープがついていたか否か記憶が消し飛ぶくらい一口目を口に入れた時の脳汁の分泌度合いが大きかった。麻雀で例えるならオーラスで三着の自分が単騎待ちで親に追っかけリーチをして即ツモして倍満をあがって逆転トップになった時と同じくらいの脳汁量である。

    とにかくおいしすぎてそんな制度はないが、帰るときに次回の来店予約をしたくなるレベルであった。タルタルのおいしさ、肉の柔らかさ、備え付けのナポリタンと千切りキャベツのいぶし銀的な役割、お店の年季。すべてのバランスがパーフェクトに近かった。このチキン南蛮がおいしすぎるせいでこの国では昨夏辺りから米の価格が高騰が発生しているのではないかと錯覚するほど米が進みに進んだ。

    宮崎に来た際にはぜひ一度行ってみて。

  • 宮崎といえばサーフィン

    昨年2024年4月、大阪の旧万博開催地から車で20分ほどの場所から宮崎まで移住してきた。せっかく移住してきたからには心機一転今までの人生の中で経験したことがないことにチャレンジしたいと思い、その中でも宮崎ならではの体験としてサーフィンにチャレンジした。

    しかし残念ながら僕が移住した街は四方八方山に囲まれた盆地であり、サーフスポットを探しても池や川や湖しか見つかるはずがなかった。そんな環境下でいきなり道具一式を揃えて一人で始めるにはハードルが高すぎると感じ、手ぶらで簡単に体験できるお店はないか探すことにした。検索すると、宮崎県内の各地で多くのサーフショップがヒットしたが、どこも軒並み高評価のお店が多く、正直選択するのが難しかった。

    その中でSee u Surfという青島にあるサーフショップに決めた。日向市にも有名なサーフスポットがあるようだが、前から青島の海に行ってみたい願望があった為今回は青島に決めた。これは完全に余談だが、僕の奥さんの話では日向の海にはキムタクがサーフィンをしに来ている、キムタクの別荘もあるという都市伝説を様々な宮崎人があちこちで披露しているそうだ。しかし実際にキムタクを目撃したという情報は存在しない為永遠の都市伝説である。

    ちなみに青島とは、元関西人である私が幼少期より応援しているプロ野球球団の読売ジャイアンツの一軍選手のキャンプ地である、ひなたサンマリンスタジアムからほど近い場所である。近くに観光名所で有名な青島神社がある。青島神社は別の機会に是非紹介したいと思う。

    さて、話をサーフィンの体験談に戻そう。See u Surfでは一人でも手ぶらでサーフ体験が可能となっている。せっかく応募したものの、前夜は自分の体の可動域の狭さがインストラクターにドン引きされないかの不安や、自分が波に乗るという未知の体験を想像すると気分が高揚しすぎて十分な睡眠を取ることができなかった。

    そんな寝不足という悪条件の中実際に参加してみると、自分も含めて5人組のグループであった。5人の参加者に対してインストラクターは2人で、みんなで自転車にサーフボードを括り付け、サーフショップから近くの海まで5分ほど歩いていくことになった。

    自分を除く4人の構成は3人が家族連れで50代前後の父親、高校生の長男、中学生の次男。あと1人は小学4年生の男の子。どうやら自分以外の全員が経験者ということであった。会話の中で表面上は笑顔を取り繕っていたが、自分だけが初体験ということと体の可動域の狭さが異様に気になり始め、正直帰りたくなった。

    そんな中で浜辺に到着し、ストレッチと準備運動で股関節の柔軟を十分に行い、サーフィンに関する簡単なレクチャーを受け、砂の上でボードを使って波の上での動きを練習することになった。至極当然であるが、砂の上では問題なくボードの上に立つことができた。あとはこの動きを波の上でも何も考えずにやるだけだと繰り返しアドバイスされた。

    実際にボードに乗って一人ずつ海に入り、インストラクターに波のタイミングを見計らってもらいながら波に乗り、まずは立つ練習を行っていく。しかし、何回チャレンジしても股関節の硬さが邪魔をしてスムーズに立つことができない。

    何回こけてもインストラクターは非常にポジティブな方で、弱音を吐こうものならポジティブワードの即レスで何度も励まされた。毎回チャレンジする前に前回の自分の失敗のどこがいけなかったのかを丁寧に解説してくれた。また、一人で参加している小学生の男の子が「僕も最初はうまく乗れなかったから大丈夫だよ」と懸命におじさんである僕を励ましてくれたが、おじさんである僕は何とも言えない気持ちになった。

    しかし、懸命な指導のおかげで約50トライ中約10回程度は自力で立つことができた。人生初めてのサーフィンの感想としては、波の上に立つことがこんなに気持ち良いのかとこれまでの人生で味わったことがない感動を覚え、同時にこんなにおもしろいスポーツを何故これまでやってこなかったのかという後悔に苛まれた。

    その後、サーフィンに嵌ったのはいうまでもない。と、いきたいところだったが、この体験後すぐに第二子が誕生したことでサーフィンどころではなくなってしまい、今日まで二度目のサーフィンに行けずに約半年が経過しようとしている。今年こそは本格的にサーフィンを始めたい。いつかサーフィンを本格的に始めた時に役立つと思い、一時期続けていたストレッチもやらなくなってしまったので、きっかけがあれば再開したい。

  • 宮崎といえば2ちゃんねる

    みなさん、初めまして。

    僕は昨年4月大阪から宮崎に移住してきた元関西人。名前はまだない。

    人生で初めて関西以外の土地に住み、早いものであっという間に9か月間が過ぎた。

    ただいまの時刻は21:20。田舎を知らない都会の人は想像できないだろうが、田舎は夜に道を歩いている人と自転車がめったにいない。その為街灯が著しく少なく、マンションのベランダから外を見渡すとイオンとゴルフの打ちっぱなし場のライトが暗すぎる街を必死に照らそうと頑張っているように感じる。

    魔が差して、いま人生で初めてブログというものを書き始めているが、自分の人生を振り返ったところで、書けそうなことがひとつもない。物語でいうところの起承転結の起すらまだ発生していないレベルの平凡な人生であることに虚しさを覚える。

    自分の人生について書いたところで、そんなブログの読者は一人もいないだろうから、宮崎県に移住してきた元関西人の目線で【宮崎といえば○○】というタイトルで宮崎のことを語っていきくことにする。宮崎のことを知りたい層がどこにいるのかは不明だが。前の職場の福岡出身の後輩が【九州で宮崎だけは行ったことがないですね】と言っていたことを未だによく覚えている。近い将来このブログがきっかけで宮崎が半世紀以上前に新婚旅行といえば宮崎だった頃のような栄光を取り戻す一助になればと考えている。

    さて、初回のテーマはタイトルにもあるように宮崎のテレビのチャンネルについて紹介したい。私が移住した街は宮崎県内でも鹿児島県寄りに位置しており、鹿児島県様のお力添えで全国キー局の番組を毎日視聴させて頂いている。その代わりにCMは鹿児島ローカルの全く興味がないCMという対価をお支払いしている。しかし、その他大勢の宮崎県民には公共放送を除いて2チャンネルという選択肢しか用意されていない。某掲示板みたいなワードを使ってしまったが、これが本当の2ちゃんねるである。

    宮崎に移住して向かえたある日曜日の朝、何気なくテレビをつけると、なんと小杉十郎太さんもビックリ、朝8時からケンミンショーがやっているではないか!!!これには本当にびっくりしすぎて、朝起きて脳がすっきりしていたにも関わらず、とんでもない時を寝すぎてしまって時計の針が何周も回ってしまったのかと驚いた。(関西ではゴールデンタイムだったと記憶している)次にケンミンショーで宮崎を取り上げてもらえる際には、オンエア時間について是非取り上げてもらいたい。

    話を宮崎の2ちゃんねる問題に戻すと、一つがUMK(テレビ宮崎)で、もう一つがMRT(宮崎放送)である。UMKは日本でも珍しいトリプルネットという3つのキー局を放送している局。いま正にホットな存在のフジテレビの他に日本テレビ、テレビ朝日の3つ。神様が人間いや生物に与えた一日は24時間という平等の上にはトリプルネットという存在は欲張りすぎているように思われる。ちなみに僕が毎年楽しみにしている漫才頂上決戦のM1グランプリも当然リアルタイムで見ることができなかった。年が明けてから再放送で深夜に放送されているとかいないとか。テレビ番組でよく聞きなじみがあるフレーズである【一部地域を除く】というフレーズが宮崎を差していることを宮崎の2ちゃんねるのおかげで知ったのである。

    とはいえ現代ではテレビ番組をリアルタイムで見れなくてもTVerを活用することができるし、ネットフリックスやアマゾン、その他SNSなどでデジタル赤字を計上し続ければ、テレビを見なくても暇を持て余すことはないだろう。テレビ離れという言葉が流行り出してはや10年以上経過しており、私も一日のテレビ視聴時間が年々短くなっているように感じる今日この頃である。

    しかし、私の妻の幼少期はテレビ全盛期であり、宮崎の2ちゃんねるという特殊環境で育ったことで大阪での大学生活時代に他県で育った友人達との会話についていけないことがあった言っていた。ちなみに、チャンネルは3と6で呼び方は表と裏とのこと。まるで昔のアダルトビデオみたいな呼び方である。

    さて、記念すべき一回目のテーマは宮崎の2ちゃんねるについて書いてみたが、いかがだっただろうか?次回も宮崎の○○について書いていこうと思う。ここまで読んでくれた方はありがとうございました。2000文字を目指して書き始めたが今は何文字なんでだろうか?

    ではまたお会いしましょう!!